日本の軽業師の技とアクロヨガ

日本の軽業師の技とアクロヨガ

おはようございます。TAKAFUMIです。

アクロヨガとかアクロバティックを検索していたら軽業師という職業を見つけました。日本語でアクロバットのこと軽業(かるわざ)とか曲芸と言うらしいです。

1904年、トーマス・エジソンの映画会社「エジソンスタジオ」で撮影された日本の軽業師の足芸の動画が、すごい技で、しかもアクロヨガに通ずるところが多々あったので気になって、少し調べてみました。

幕末期の軽業の足芸は日本のお家芸だったそうです。

軽業師とは?

 軽業を演じる芸人。
 不安定で危険の多い仕事をして世渡りをする人。

Japanese Acrobat 日本の軽業師の動画

Japanese Acrobat 日本の軽業師 (足芸)

アクロヨガと違うのは、腰に土台を乗せて高さと安定感を増している。

アクロヨガのPopsやFoot to foot、Reverse sterなどアクロヨガに通ずる技が多くありました。

軽業師 リバーススター アクロヨガ
Acroyoga Reverse ster

もしかしてアクロヨガの技の原点は日本の軽業師の技だったのではと、思えるくらい近い技が多いです。

映像のコマが少ないからかすごい高速に見えるが、多分実際も想像より早そう(笑)

幕末の日本の軽業は、世界的にみて最高のレベル

幕末の日本の軽業は、世界的にみて最高のレベルにあったそうです。
早竹虎吉も、アメリカにおいてもその技芸を高く評価されました。
早竹虎吉は約30名の一座を引き連れ、慶応3年(1867)8月24日に横浜を出発しました。
同じ船には、のちに「ダルマ蔵相」とあだ名された高橋是清も乗っていたそうです。
虎吉は、翌9月にはサンフランシスコに到着しました。
そして、サンフランシスコのメトロポリタン劇場を振り出しにサクラメントほかで興行し、ニューヨークに移動し、ニューヨークでは、1月24日にアカデミー・オブ・ミュージックで興行を行いました。
しかし、その後、体調をくずし、1868年2月8日に心臓病でなくなってしまいました。

異国でも大きな花を咲かせて、明治を目前にして異国に散った早竹虎吉でした。 

幕末に軽業でニューヨーク興業を行った「早竹虎吉」

アクロヨガの原点は日本にあったのかも知れない。
信じるか信じないかはあなた次第です。